この秋に離縁する予定の夫へ久々に電話をかけて、夜通し無駄話をした。
無駄話と書いてはみたものの、それが本当に無駄なやり取りだとは露ほども思っていない。
持ち上がる話題やその広がり方がいちいち面白く、次の日もまたお互いに労働や勉学に勤しむ身でありながら、深夜の長電話を切り上げる気配すらなく、ときおり興奮気味にあれやこれや喋り続けた。
「遠くに行きたくなる映画」を紹介しあうイベント、とやらに参加してきたという夫は、世界中を放浪して「イースター島にまで行ってきた」という人の話が素晴らしくつまらない事に感動したらしい。
彼いわく、
つまらない人間は世界一周してもつまらない。
面白い人間は、家に引きこもって一歩も外に出なくてもめちゃくちゃ面白い。
「あれじゃモアイも可哀想だな、って思ったよ」
それで私が最近聞いた、知り合いの男友達の話を思い出した。
その子は10年ほど引きこもりを続けている30代の男の子なのだけれど、引きこもり状態のまま彼女を作り、そして家から一歩も出ることなくお付き合いを続け、やがて破局を迎えたという。
きっかけはオンラインゲームで仲良くなった子にゲーム内のチャットで告白し、見事成功!
その後は自らが引きこもりである事は隠しながら、オンラインゲーム内で彼女とアバター・デートによって愛を育んでいたそうな。
しかし盛り上がった彼女が「ゲームを離れてリアルに会おうよ!」と言い出したにも関わらず、ズルズル理由をつけて会わないでいたところ、痺れを切らした彼女にチャットで振られてしまったという。
究極のインドア恋愛。
やり切った彼にブラボーだ。
無人島に行ったとか、世界一周したとか、それはそれで何となくすごい。 だけど、家から一歩も出ないで彼女を作り、失恋まで経験してしまう彼のような人と私は友達になりたい。
彼の世界は物理的には狭い。
だけど彼の愛は壁紙を超えて、愛しい彼女のハートに届いたのだ。
(さいごまで物理的に距離を縮めるには至らなかったけれど、私は彼のラブ・ストーリーに笑いながら感動した)
長電話はあちこちに脱線した。夫とは他にも「運慶と鳥山明の絵の下重心がヤバい」とか「自分がバカだと自覚している人間の無敵感」だとか、あれこれ喋ったのだけど。
何より魂が喜んだのは、私が最近関わっているアートプロジェクトの話の流れで、
「僕はアートなんて、無ければ無いでいいと思ってる」と夫がさらりと言ってのけた時。ほんとにこの人は私のソウルメイトだなーと嬉しかった。
アートに興味がない人が言うなら分かるけど、夫はめちゃくちゃアートやデザインや芸術もろもろに造詣が深い(オタク気質)ので、そういう愛の深い人から「アート不要説」が出ると本当に救われる。
走るのが好きだから、マラソン大会出るわけで。
アートもやってたら楽しいから、やってるだけなのだ。
結果的に何かしら素晴らしい作品とか出来ちゃう事があるだけで。
別に無ければ無いで誰も困らない。
私たちの結婚もきっとそんな感じで、ある部分は続いていくのだろうし、終わる部分は終わるだけなんだな、とそんなことを思った。そして本日は十三夜である。