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2月5日、ユミのブログ。

大名庭園、お着物道を通りゃんせ。

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まあこう見えて、あたしはこわがりやから、世の中にはこわいことってぎょうさんあると今まで思ってたんよ。

 

せやけどな、ほんまにおそろしくて、足ビビビってすくんでまうような、そんなおっとろしいもんなんて、そうそうあらへんねやってあたし、こないだ分かってしもてん。

 

ちゅうのもな、お庭歩きのことや。

 

あそこの大名庭園は裏門の鍵がだるだるやから、一発忍びこんだれやってこないだ夜おそくに百ちゃん誘って二人で出かけてん。

 

春になれば染井吉野が咲きほこっとるお庭さんや。

ものごっつきれいやねんけど。あんたはどうせアンポンタンやから分からんやろ。

まあええわ。

 

そのお庭さんがな、この時期はまた紅葉やで紅葉。

もみぢ狩りの狩り場やで。

おもてからちょこっと中をのぞくともうな、真っ赤なお城や。

昼間はおっちゃんおばちゃんがぎょうさんつめかけよる。

まあ年寄りの観光名所やな。

わらわら人がおって、地元の人間にはうっとおしい眺めや。

 

せやけど、夜は別でな。

夕方5時には正門が閉まるから、誰もおらんくなる。

さぞかし静かやろ。

誰もおらん紅葉のお庭を2人じめや。ええやんええやん。

そう思って百ちゃんと出かけてん。

 

裏門の前までさむさむ言いながら、百ちゃんとカイロにぎにぎしてな。

閉門の5時もとっくにすぎて晩御飯の時間や。

ほしたら着いてびっくり。目ん玉とれたわ。

 

むっちゃ人おるやん!

 

そうなんよ。

夜の庭園をライトアップするっちゅう、なんちゃらウィークや。

 

なんやもう、あてがはずれたわって思ったけどもやな。

そこで帰るんもさみしいやんか。

ほんならふつうに入ろかっちゅう話になって、

百ちゃんと切符買うて中に入ったわ。

まあまあ、そこは正解やったな。

 

一歩お庭に踏み込んだら、見渡すかぎり万華鏡や。

びうてほーや。

うっつくしい眺めやった。

 

ちっこいもみぢの葉が、何枚も何枚も空中で重なってポーズつけとんねん。ジャンプしたまま降りられへんバレリーナやで。

ずっとずっときれいなまんま、そこで時間が止まりよる。

 

興奮した百ちゃんが

「お着物の柄の中、歩いとるみたいやなぁ」

って言うたから、興奮したあたしも

「ほんまやな、お着物の柄の中やわ。お着物道やわ。」

って答えといた。

 

吹流しの袖口を抜けると、お池にぶちあたってな。

端っこから端っこまで、泳いだら何分くらいかかるお池やろ。

まあ水泳部員とちがうから、そこらへんはわからんかったけど。

とにかく、ごっつでっかいお池や。

そのお池に、ライトアップされたもみぢやらつつじやらが色とりどりに映りこんで、水面がまるで鏡なんよ。

見事なもんやで。想像してみい。

あたり一面、水でできた鏡ばりの絨毯や。

そこに金ピカの秋が、うっとり優雅な顔しはって寝そべってるんやから。

ほんでもって、風が吹いたりすると水の波紋に合わせてな、鏡の中の景色がゆらゆらちゃぷちゃぷ揺れたりするんよ。

なんやたまらんかったわ、あんまり浮世ばなれしとって。

 

あたしがゾクゾクしながら見とれとったら、

「まるで穴や。」

お池さん指さして、百ちゃんがそんなことを言うた。

 

たしかに明るく照らされた岸辺のところ以外は、

百ちゃんの言うたとおり池はがらんどうで、

地面にでっかい穴がぽっかり口を開けとるみたいやった。

 

「なあ。これはたぶん、じごくあなやで。

 落ちたら絶対じごくに落ちる、じごくあなやで。」

 

百ちゃんは穴の淵に立ちすくんで、でかいでかい地獄への入り口をはやしたてる。

 

いや、ちゃうで。

でかい池が地獄へ通じる地獄穴で、怖い怖いっちゅうオチやないんよ。

 

まあまあ、たしかにあんだけおっきな落とし穴が、夜道に口開けとったら、そらそれで、むちゃむちゃ怖いねんけどやな。

 

ちゃうねん。

そっから後の話や。

 

池からまた元の着物道を引き返して、百ちゃんとふたり、吹流しの模様になって歩いとった時や。

 

もう裏門も近いでって辺りで、ふと名残り惜しくなって百ちゃんもあたしも、お互いに立ち止まったんよ。

後ろにも前にもずっと続く紅葉の赤々とした眺めや。

うちらは、なんとなく口もきかんと黙ってしばらくそれを見てたんよ。

まあ、日本人やしな。秋の風情に感じ入る瞬間やった。

 

そん時や。

あんまりその眺めが美しかったせいやろか。

 

「ほんまはあたし、いまここにおらんのとちがうか。」

 

そんなクエッションが、夜空からぽかーんと心のなかに落っこちてきて、

そこでピタッと止まってん。

 

どっから落ちてきたのか知らんけど、なんや赤や黄や橙の秋の切れ端を見てるうちに、へいこうかんかく、みたいなもんが、どっかでおっきく傾いてしまったのかもしれん。

 

その「ピタッ」の瞬間から。

こんな浮世ばなれした眺めは、現実にはありえへんのと違うやろか。

自分の心ん中にしかありえへん眺めなんと違うやろか。

どんどんそないに思えてくんねんな。

 

ほんでな、もし仮にそう思たことがほんまやったらな

仮に、目の前の景色が心ん中にしかありえへんものやとしたらやな。

 

あたしがいま見ている、この紅葉のうっつくしい絵っちゅうのはや。

あたしの心の中のうっつくしい絵やねん。

あたしはあたしのこころんなかをうっつくしいけしきとか思てながめとんねん。

 

そんでな、中のもんが外にもあるっちゅうことはな、

あたしの外側と内側がおんなじうっつくしい模様でつながっとんねん。

地続きやねん。

 

ちゅうことはや。

その外っかわと内っかわの間に突っ立っとる

このあたしっちゅう仕切りは一体なんやねんな。

うっつくしい外っかわの模様とうっつくしい内っかわの模様を

なんで途中で区切っとんねん。分けとんねん。

そんなん、せんでええやん。

仕切りなんか、いらんやんか。

 

そう思えてきてん。

 

ほしたら、障子紙が水に溶けるように、あたしもこの模様の中に、溶けてしまうのがよろしい。

いや、ちゃうな。

もうはなから、あたしはこの模様に溶けとんねや。

ここにはせやから、あたしはもうはじめからおらんねや。

 

そうやった。

ここにあたしはおらんねや。

 

 

 

百ちゃんがあたしの手を引っ張っらんとそのままやったら、

あたしはきっと、あそこで溶けてなくなってたと思うねん。

 

その証拠に、裏門から出たあと街灯の光に洗われると、あたしの体にずしんと何かの重さが戻ってきてん。

それが何やったのかと聞かれると困ってしまうんやけど。

百ちゃんのおかげで命拾いしたわって、その時に思た。

 

そうや。

きっとあれは、お庭の中で落っことしそうになった、あたしの命の重さかもしれへんな。

あのお庭の眺めの中には、

 

やめとこ。

 

あたしが恐ろしいのは、あん時、あの模様に溶けてしまうことがきっと正しいって、自分がはっきりそう思ってたっちゅうことや。

恐ろしいなんて、微塵も思わんかったっちゅうことや。

 

恐ろしいもんを恐ろしいと感じなくなる。

そんな風にかどわかされたら、人間なんてひとたまりもないわ。

 

それにくらべたら、こわいこわいって怖がってられるもんなんて、まだまだかわいいもんやで。

 

ほんまに。