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2月5日、またはユミのブログ。

ハーレーダビッドソンに乗った修道女

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この1ヶ月ほど、制御不能の夏休みを過ごしていた。

 

計画は頓挫し、もくろみは破れ、すべてに疲れ諦めた私は、

「ただ流されていこう」

そんな漠たる想いだけで、たくさんの人と出会い、思いがけない場所へと運ばれた。

 

はじまりは、一体どこだったのか。

もう思い出せない。 

 

青森から栃木へと帰ってほどなく、突発性難聴とおぼしき各種症状に見舞われるも、今後の進退を問われ、質問攻めに合う実家では安静にしていることができず、ふらふらと電車に乗り込み、気がつけば旅人になっていた。

 

あてもなく漂流し、泊まり歩く先も尽きると、横浜は菊名にある「SCRAMBLE HOUSE TOKYO(ごちゃまぜの家)」なる次世代家族模索プロジェクトの実践拠点にもぐりこんだりもした。

 

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「ごちゃまぜの家」発起人の坂爪圭吾さんのブログ (このお家のコンセプトなどは直接こちらのブログを読んでみてください。)

 

「ごちゃまぜの家」という場所には圭吾さんを訪ねて毎日幾人もの来訪者があり、私もその人たちと言葉を交わした。

見知らぬ人との会話は自動的に自分の現在地点を確かめる作業となり、確かめようとするほどにそれが自分の中でちっとも判然とせず、心にきざす居心地悪さを私は持て余した。

 

私はどこに向かっているのだろう。

漂流することに目的はない。

けれど、その行方に、結末に想いを馳せるたび、憂鬱な気分が垂れ込めてくる。

 

所在なく「ごちゃまぜの家」に居座り始めて三日目。

 

船酔いのような三半規管の不具合はいよいよ悪化し、これはもう本当に船に乗らねば!船乗りにならねば!と思っていたら、「明日から新潟の佐渡島に行く」という人と知り合う。

渡りに船、というやつである。

雨音から逃げ出そう。見知らぬ人についていこう!

 

そして私はまんまと佐渡へ渡った。

 

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 数日間の不在のはずが、2週間を余裕で越えての行方不明。私はすっかり佐渡で息を吹き返し、解毒されたかのように魂はすこやかに立ち上がっていた。

 

心地よい佐渡の海風に吹かれながら居候先の実家に連絡を入れると、電話口でパニックに陥っている年老いた父の声がわやわやと響く。

混乱のにじむその怒鳴り声が、私の懐かしい記憶を呼び起こす。

 

 こういう「家出」まがいのことは何年ぶりだろう。

こんな風に人騒がせにも、自由な風に吹かれるのは。

 

海の向こうに見える新潟港の淡いシルエットを眺めながら、日焼けした手足にまとわりつく蚊を追い払い、記憶をたどる。

  

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15歳の時、2万円とリュック1つで、1ヶ月間失踪した。

30歳を過ぎて、夫から逃げ出すために数ヶ月行方知れずになった。

40歳を前に、実家に身を寄せることになって、けれど親元にもいられずにこうして飛び出している。

 

家出するたび、いつも私はこれで良かったのだと心から納得する。

誰かを救ったような、世界の美しさに貢献したような、爽やかで濁りのない満足感に包まれる。

 

こんなやり方でしか自分を救えないのか。

そうやって自分を責めることもできるけれど、あえて糾弾の声を振り絞ることはしない。

しかたがないね、とだけ思う。

 

佐渡で面倒を見てくれた人たちとも別れ、また次の行く先を考えあぐねて、弟に連絡をとる。

「いよいよ万策つきたのかい」

LINEですぐに返事がくる。

新潟から新幹線で宇都宮へ向かう。

 

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案内人も同行者もいなくなった私は自由席のシートに体を沈めて、何日かぶりにネットサーフィンをする。

ひさびさに星占いの記事を読んで、

水瓶座のあなたは、ハーレーダビッドソンに乗った修道女」

という表現に、思わず笑ってしまった。

 

記事の解説はこうだ。

『自由奔放さ2割と、自己犠牲的奉仕精神が8割、で構成される水瓶座は、いつも全力で周りに尽くしまくってしまうせいで、時々抑制された「好き勝手やるぜ!」成分が暴走して、糸が切れたようにコントロールがきかなくなる。』

 

読んでいて、まさに今の私だな、とあまりのタイムリーさにその記事をブックマークする。 

https://ameblo.jp/shiitake-uranai-desuyo/entry-12301447261.html

 

星占いは好きだ。

私のかわりに、私を解説してくれるから。

 

もう私は修道女でもいい。

この世界の美しさのために、呼吸している。

ただそのために生きている。

望んだわけじゃないけれど、そういう風にできている。

それでもいい。

時々爆発するけれど、こんな風に面白い事にだって、見知らぬ人たちにだって沢山たくさん出会えるから。

 

頭の中で占い記事の内容と、この1ヵ月の出来事を反芻しながら、私はすっかり夏休みが終わる子どものときのような淋しさでいっぱいになり、けれど淋しさだけじゃもう泣けない自分が大人になってしまったんだな、とまた淋しくて、今この気持ちを誰かに伝えようと、伝わって欲しいと、祈りをささげる代わりに、キーボードを指で弾いている。

 

出会ったすべての人たちに、ありがとうを言いたくて。

大人の夏休みの愛おしい終わりに、さようならを言いたくて。

言葉にはならない何かを、あなたに届けたくて、だから夏が終わっても私は生きていくよ。

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