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みらい平ゆみ、from人類。

純粋電車行為におけるタブー

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電車に乗ると不思議なのだ。

本を読んだり、音楽を聴いたりしている人間はいくらでもいるのに、風呂に入ったり、熱心にラジオ体操をしながら電車に乗っている人間というのはまず見かけない。

また、ガムを噛みしだく・飴玉をなめ溶かす・ペットボトルのお茶をちびちびやる、などなど。
飲食行為はありふれた光景であるが、しかしそうかといって車内でスパゲッティナポリタンや軍艦巻きを食べ始める人間は稀有であり、もしそういう人がうっかり車内にいようものなら、我々は「なんて非常識な人だ」とビックリしてしまう。ナポリタンや米の上に盛られたイクラたちだって、「こんなところで食べられている」と好奇の目にさらされることは間違いない。

新幹線など長距離移動の路線はまた話が変わってくるが、あれは移動そのものが旅行だったり出張だったり何かしら純粋な移動手段とは異なる、一種のエンターテイメントもしくは休憩時間だったりする場合が多いので、単なる通勤電車とはまた別の尺度ではかるべきテリトリーとして、今回検討すべき対象からは除外したほうがいいだろう。

さて。

電車移動を純粋行為として定義した際に許される付帯行動というのは、一体どこで線引きがなされているのだろうか。

飲食ひとつとって見ても、食べていいものいけないものがあり、そのよしあしは個々人の許容範囲によって多いに変わってくる。クッキーはいいけどケーキはいけない気がする。ではマドレーヌはどうか。

むずかしい問題だ。

ある役者が言う。

「それは緊急性の問題っすよ!」

役者いわく、ある時、電車内でおにぎりを食べているカップルがいたらしい。おにぎりとかウィダーインゼリーとか、ああいう携帯食はまだ食べてもOKだという気がしなくもないが、その時のカップルどもがまるで公園で2人で楽しいピクニックみたいな「はいあーん」的な感じでおにぎりを食べていたのを目の当たりにして、「こんなところでおにぎりか!!」という腹立たしさが込み上げてきたというのだ。

「やつらは、こともあろうに楽しんでいたんですよ!」

つまり、電車内での飲食がお楽しみであってはちょっとまずい。周りの乗客から反感を買うというわけだ。

エネルギーを補充しないと倒れちゃいそう、
そんな差し迫った状況であれば電車内での飲食もやむを得まい、という暗黙の了解があるのだろう。
ただし、その黙認にもそれなりの「ポーズ」が求められる。

「忙しいんだよねぇ、この電車降りてすぐ走り出さなきゃならないんだ」

「寝坊しちゃって朝ごはん食べれなくて。だからちょっと今から小腹に入れます。」

やむを得ず感!

これが大切だ。

たとえば、電車の中で化粧をする女性はとかく非難の対象になるが、あれだってもう化粧しないと目と鼻と口の区別がつかないとか、そんな状態であれば誰もとがめ立てはしないだろうし、シャンプーしながら乗り込んでくる人間がいたって、電車よりも長い頭髪を抱えていれば、ああ家では終わらなかったんだなシャンプーが。と温かい目で見守るのが人情なのだ。

つまりは思いやる心。

そんなところまで思いやってられないよ、という「思いやり限界地点」に電車内の国境線は引かれている。