大英帝国を差し置いて、どうして青森だったのか。 青森に興味を持ったきっかけは2つあった。 1つ目は津軽半島にある金木(かねぎ)という土地だ。 ここは作家・太宰治の生まれ故郷で、今でも生家の建物が残っている。 一応、前置きしておくと私は太宰治の…
「どこか遠くに行ってくればいいのに。イギリスとか。」 居候先で家主にそう言われたのは、たしか6月ごろのことだった。 当時の私はこの2年ばかり不慣れな賃金労働を続けた無理がたたって気力・体力ともに衰弱を極めており、ほうほうの体で会社を辞めて独立…
悩ましきことのつくづく。 ジパングは四季の国がゆえに葉月ともなると都市は砂と石と油の床にずぶと埋まりてどこもかしこも地獄に似た灼熱が常なり。 殊更に人の集うところ人肌くるみたるその温もりども密に集うがゆえに風神様も力及ばず微風そよがすに留ま…
ジュンパ・ラヒリさんというインド系アメリカ人作家の短編集『停電の夜に』を、この2カ月くらいをかけて、とぎれとぎれに読んでいる。 内容は決してつまらなくはないのだけれど、一気に飲み干すような読み方ができない類の作品で、ひとつの話を読んでは何日…
週末を利用して、弟と夫と三人で茨城へとドライブをした。 かつて父だった人とその新しい家族、そして私たち姉弟の祖母が暮らす田舎の家を訪ねるためだ。 父と会うのは数年ぶりのことで、4年前に夫となった相手を引き合わせることに私はあまり気乗りがしな…
嵐のように押し寄せる出来事はたましいを運び、また作ること、書くこと、が現在進行形の時間軸とぴたと寄り添う日々が始まっています。 物言うことが怖くなり、雲がゆく速度も、風がつくる模様も、この目には映らない数年間がありました。 そのすぎた歳月の…
けっこう映画化されている村上春樹 村上春樹の小説は、短編・長編ともに何作か映像化されている。 私も全部を観たことはない。 映画館で観れたのは、『ノルウェイの森』と『トニー滝谷』だけだ。 それでもネットで調べてみると、1981年にはデビュー作『風の…
ひととせの間に1つ2つ、何かに徹底的にのめり込んでは飽きる、という所業を爾来続けて生きている。なかば人生を賭けなんとする、のめり込みのその勢いに、他人様はもうその道の玄人かそうでなくともそこに近しいものを目指して私がその後も現実的にひた邁…
電車に乗ると不思議なのだ。本を読んだり、音楽を聴いたりしている人間はいくらでもいるのに、風呂に入ったり、熱心にラジオ体操をしながら電車に乗っている人間というのはまず見かけない。また、ガムを噛みしだく・飴玉をなめ溶かす・ペットボトルのお茶を…
どうして器や彫刻や、絵画、と呼ばれるものを人は愛でるのか。 合理性という観測地点から見れば、何の役に立つの、というその行為を人類史は延々と続けて、まだやっているのか。 ときどき、名画をそのプライスでしか鑑賞できぬ人に問われて、その人に何をど…
ふたりの子どもたちが、家族という大きなひと塊から熟した実のようにほろりと巣立ち、アスファルトを持ち上げる緑が深々と繁る庭へと目をやれば、夢中でそこを駆け回っていた獣はうすく小さな白い骨の破片になって、もう動かない。編み合わされた2人の男女の…
どうにかならないのか。椎茸の裏っ側は。も少しタフでいてほしい。椎茸の裏っ側よ。やけに細かい溝みたいなのがルーレットの円盤そっくりに規則正しくひしめいているんだ。椎茸の裏っ側には。そのくせ溝と溝とを溝たらしめている壁が象牙色にやさしくふわふ…
1冊の本が世界のすべてを変えてしまう。 正確には、それまで用いていたのは全く別の視点を提供されることによって、そこから世界の見え方がガラリと根本的に変わってしまう。 そういう出来事は割とよくある。 池澤夏樹の『スティル・ライフ』は、まさにそん…
お願いがあるのだとあなたは言って、覚えていてほしいのだと彼女に生餃子を押し渡す。彼女はまだ仕事中で、雪の散る商店街の黒く冷たい墓石の道にその足が埋められているのです。彼女の23センチの右足と23・5センチの左足は。何を?覚えているべき?わたしは…
ロマン・ポランスキー監督『赤い航路』 ベルナルド・ベルトルッチ監督『ラスト・タンゴ・イン・パリ』 この2作品を日替わりで鑑賞。 性描写が多く直接的であるがゆえに、2作品とも「究極の愛とエロスを描いた問題作!」みたいな紹介をされている。 けれど、…
今年の冬にやっていたドラマ『カルテット』を夢中で見ていた。 面白くて。 内容は、バイオリン、チェロ、ヴィオラといった弦楽器を奏でる男女4人の物語で、キャストも松たか子、松田龍平、高橋一生、満島ひかり、という手堅く色っぽい顔ぶれ。 (途中からク…
先日の読書会にて、川上弘美さんの小説『真鶴』を取り上げた。 メジャーな芥川賞受賞作『蛇を踏む』だとか、映画化された『センセイの鞄』『ニシノユキヒコの冒険』ではなく、あえて渋く、『真鶴』。 気づいたら知らない場所に立たされている。 そこがいった…
長いお付き合いになる女優さんで、現在は高校生の演劇指導も手がける伊都子ちゃんからお声がかかった。 「秘密のワークショップを開催しまっす! よかったら見学にお越しやす!! ってか問答無用でお越しやんす!!じょわっ!!」 おお、何だか気合入ってる…
嘘ばかりついているからという理由で、名前をとられた。 とられたのが名前だったのは少々意外な感じで、困ることもないだろうと3年ばかりほったらかしておいた。一向悩ましいことも起こらない。あいかわらず嘘を売り売りして暮らしている。 ところがある夕暮…
タイトル買い!内田樹『困難な結婚』 バツイチ、シングルファーザーにして、信頼のおける現代の語り部。 内田樹さん。(現在は再婚されているのでシングルじゃないけど) 政治から宗教からカルチャーまでを幅広く網羅する内田さんが「結婚」について語る。し…
人と人とが向き合うことは果たして良いことなのだろうか。 がっちり向き合うと壊れてしまう関係がある。 お互いの立ち位置をはっきりさせよう。 そう思って踏み出した途端、出口なき迷路に投げこまれてしまう。 そんな関係もある。 謎は解けて、犯人が定まり…
雪と氷の専門家に会うために、電車に乗って。石の結晶ロードをかちりかちりと踏みしめて土曜日。手に入れたばかりの「雪氷辞典」にその人は、名前を連ねているのだった。 オーロラの仕組みや、極地でのサークル活動、新聞部、栽培部、ごはん部、けんか仲裁部…
晩に食べる米がなくて両親が揉めているなどというのは少女時代ありふれた日常の1コマであったが、今にして思えば家庭経済がそれなりに逼迫していたという事実をよく表している。 経済がうまく回らないとなると、どんな人間も余裕をなくすのは世の習いであろ…
最近になって、2011年に芥川賞をとった朝吹真理子さんの「きことわ」という小説を読んだ。 いつまでも読み続けていられるような、にごりのない、透徹した文章世界に引き込まれ、切り取られた見知らぬ人の人生を、ほんの束の間生きて味わっているかのような心…
考えようによっては重たく、見る人によっては取るに足らない、そんな持病をこの二十年来、ぶら下げて生きている。 医者にかかって処方箋をもらうこともできれば、自力でなんとか見て見ぬふりの痩せ我慢をできないこともない。そういうたぐいのものである。 …
誰も帰ってこない12月の夜の部屋で、これを書いている。地球上は黒く冷えて、誰かの呼気で濡れた窓ガラスの内側には赤いカーテンがかかっている。巨大なストローを突き刺した形の加湿器がその細長い先端から滝のようにミストを床に吐き出し続け、中の水がな…
旅に出たくないのには色色わけがある。 まずは遠方へ出かけるほどに住み慣れた屋敷から肉体が離れ、その物理的な距離の巨大さにおののく心はぽきと折れ、つまりはこの身を貫く太き自宅愛ゆえのホームシック。 同行の人間たちが息をのむ素早さで我が家を懐か…
夏目漱石の『こころ』を再読している。 初めて読んだ高校生のとき以来、『こころ』は何度か読み直している作品。 二十代のはじめ。三十代の半ば。 もはや覚えていないタイミングでの、数行の拾い読みも合わせると、好きな映画を折に触れて見直すような感覚で…
落ち着かない人生を送っている。 物理的にも、心持ち的にも。 ひとつの場所に腰が座るという事がない。 いつも重力とあやふやな関係を保ちつつ、ふわふわ漂っている。 そういえばこの間、ひさびさに数えてみたら、もう人生で18回も引っ越している。 実家を出…
先の記事にて自己紹介のことを書きました。 差し当たって、2月5日はどんな作品を作ってきたのか、これまでの足跡をお見せするという形でご紹介に替えさせていただければと思います。 今回ご紹介するのは、劇場やライブハウスでお披露目したものが主です。 …