ようこそ人類、ここは地図。

みらい平ゆみ、from人類。

心の景色を言葉に(日記)

みらい平ゆみの誕生日。

名前はとても不思議なものです。 生まれてから死ぬまで、現代にっぽん人は、一生涯ひとつかふたつの名前を使い倒して生きていくのだ、というのが、私はにわかに信じがたい。 例えば男の子という種類に生まれると、余程のことがない限り人生を一色の、唯一絶…

秋に離縁する夫との長電話。ソウルメイトって死語かと思っていた。

この秋に離縁する予定の夫へ久々に電話をかけて、夜通し無駄話をした。 無駄話と書いてはみたものの、それが本当に無駄なやり取りだとは露ほども思っていない。 持ち上がる話題やその広がり方がいちいち面白く、次の日もまたお互いに労働や勉学に勤しむ身で…

美しいって、なに? 長野県東御市、天空の芸術祭

長野県東御市(とうみし)で行われている「天空の芸術祭」に行ってきた。 シェア・アトリエ「miraiva」のプロデューサー、mayuchapawonica・まゆさんの作品を観るべく。 まゆさんが相棒のカヤノヒデアキさんと手がけていたのは、『名もない農家』という場所…

泡立つコミュニケーション、限界が好き。

限りあるもの。 それは、面白く、切なくて、愛おしい。 終わりや範囲が決まっていることで、その内側の内容物はそこからはみ出さんと煮え立ち、ひとりでに踊り、極まっていく。 「ここまで」と定める限界線の周りには、湖の岸辺にたえず水が打ち寄せるがごと…

葛藤を終える。その自由にメルシー。

生きる事はよく分からない。 その分からなさを時に心地よく、時に心地悪く、味わう事。 それが人の姿形と魂をもって、この世に在ることの醍醐味なのかもしれない。 半年ほど前まで、自分の生命や肉体や魂までも、「生活の安定」だとか「将来」といった漠たる…

ハーレーダビッドソンに乗った修道女

この1ヶ月ほど、制御不能の夏休みを過ごしていた。 計画は頓挫し、もくろみは破れ、すべてに疲れ諦めた私は、 「ただ流されていこう」 そんな漠たる想いだけで、たくさんの人と出会い、思いがけない場所へと運ばれた。 はじまりは、一体どこだったのか。 も…

めくるめく眩暈世界。わたしは船乗り。

この二週間ほど、めまいがやまず、まっすぐと歩けない。 いつも船の上にいるようである。 地面が揺れている。 しばしば地震が起きているのかと間違う。 居合わせた人に尋ねると、揺れてはいない、と答えが返ってくるので、嗚呼これはわたしの肉体だけに起こ…

20年間のドライブ、私たちの廃墟へ。

週末を利用して、弟と夫と三人で茨城へとドライブをした。 かつて父だった人とその新しい家族、そして私たち姉弟の祖母が暮らす田舎の家を訪ねるためだ。 父と会うのは数年ぶりのことで、4年前に夫となった相手を引き合わせることに私はあまり気乗りがしな…

飽きることは心の新陳代謝。

ひととせの間に1つ2つ、何かに徹底的にのめり込んでは飽きる、という所業を爾来続けて生きている。なかば人生を賭けなんとする、のめり込みのその勢いに、他人様はもうその道の玄人かそうでなくともそこに近しいものを目指して私がその後も現実的にひた邁…

家族、店じまい。

ふたりの子どもたちが、家族という大きなひと塊から熟した実のようにほろりと巣立ち、アスファルトを持ち上げる緑が深々と繁る庭へと目をやれば、夢中でそこを駆け回っていた獣はうすく小さな白い骨の破片になって、もう動かない。編み合わされた2人の男女の…

たとえばゼリー状のまま、人間関係を放置。

人と人とが向き合うことは果たして良いことなのだろうか。 がっちり向き合うと壊れてしまう関係がある。 お互いの立ち位置をはっきりさせよう。 そう思って踏み出した途端、出口なき迷路に投げこまれてしまう。 そんな関係もある。 謎は解けて、犯人が定まり…

牧歌的に描くなら、これもまたメルヘン。

晩に食べる米がなくて両親が揉めているなどというのは少女時代ありふれた日常の1コマであったが、今にして思えば家庭経済がそれなりに逼迫していたという事実をよく表している。 経済がうまく回らないとなると、どんな人間も余裕をなくすのは世の習いであろ…

病を得るということは。

考えようによっては重たく、見る人によっては取るに足らない、そんな持病をこの二十年来、ぶら下げて生きている。 医者にかかって処方箋をもらうこともできれば、自力でなんとか見て見ぬふりの痩せ我慢をできないこともない。そういうたぐいのものである。 …

またワープしちゃった。

落ち着かない人生を送っている。 物理的にも、心持ち的にも。 ひとつの場所に腰が座るという事がない。 いつも重力とあやふやな関係を保ちつつ、ふわふわ漂っている。 そういえばこの間、ひさびさに数えてみたら、もう人生で18回も引っ越している。 実家を出…

父と時間

夏生まれの父は、喘息持ちの子ども時代を虫の声を聞きながら過ごしたという。 それはインターネットの誕生なんてまだ誰も想像してもいなかった、けれどそう大昔というほどでもない、昭和の時代の昔話だ。 その頃は夜も更けて家人が寝静まる時間になると、決…